[掲示板: 〈過去ログ〉SSS雑談の掲示板 -- 最新メッセージID: 3556 // 時刻: 2024/11/26(00:24)]
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お名前: まりあ@SSS http://buhimaman.at.webry.info/
投稿日: 2009/3/31(03:23)
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まりあ@SSSです。
たかぽんさん、杏樹さん、古川@SSSさん、私も混ぜて〜
〉なお、別に、私の意見は、SSSの公式見解というわけではありません。
〉かくまで、個人の意見です。
わたしも個人の意見です。
〉〉私の理解ですが、多読って要するに、変な義務感とか禁止感(?)を取り去って、
〉〉自分本来の自由さを取り戻す方法だと思うんですよね。
〉はい。私もたかぽんさんと同じ考えです。
ここは賛成します。
〉〉辞書を引かなきゃと思って、面白くもないのに辞書を引いてる人が多いので、
〉〉「引かなきゃ」ってことはないですよ、と言ってるだけで。
〉〉辞書引くのが面白いなら、辞書引きゃいいじゃん、と思ってしまいます。
「辞書にどう書いてあるかに興味がある」辞書マニアならねぇ..
でも、多くの人は「単語の意味」を「正確」に知りたいんじゃ
ないの?
だとしたら、どして「辞書なの?」って思う。
辞書って、当たらずといえども遠からず、なことが書いて
あるものじゃない?
「もののあはれ」なんて単語なら辞書が正確に定義している
のかも知れない。
でも「つらら」の定義なんて国語学者が決めるものじゃないでしょ?
icicleを辞書で引いて知識が正確になると思えないのね。
軒先からぶる下がったらなんたら、木の幹から下がったらかんたら、
ぶる下がって地面まで届いて柱状になったらどうたら、とか
地質学者とかが決めてるんじゃない?
無料で百科事典引けるサイトもあるし、Google Book Search で
専門書探しても良いし、いやそんな専門的でなくて、アメリカ人
一般が常識的にもっているicicleのイメージ、というなら画像
検索で良いし..
異国の本を読んでいるのだから、見たこともないものも出てくるし、
本を読んでいてそれを「正確に」知りたくなることはあって当然
だと思う。
それを調べることについて誰に文句いわれる筋合いもない。
自由だ! これはたかぽんさんに賛成。
だけど、そこでどして辞書なの?
この論理に賛成できないの。
辞書を引けば、言葉の守備範囲、正確な意味が獲得できるはず、
という思い込みに、言葉というものを誤解していないか?という
危うさを感じる。
この点で、「辞書は引くべきでない」という杏樹さんに
賛成だなぁ...
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お名前: たかぽん http://dandelion3939.blog38.fc2.com/
投稿日: 2009/3/31(14:16)
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古川さん、まりあさん、ありがとうございます。
ちょっとだけ・・・
>まりあさん
〉 それを調べることについて誰に文句いわれる筋合いもない。
〉 自由だ! これはたかぽんさんに賛成。
〉
〉 だけど、そこでどして辞書なの?
〉 この論理に賛成できないの。
いや、べつに辞書でなくてもいいと思ってます。
これを読んでいただければ・・・
[url:http://www.seg.co.jp/cgi-bin/kb7.cgi?b=sss&c=e&id=24585]
英語(外国語)をする動機も様々ですし、何を楽しいと思うかも人それぞれなので、
なんでもいいんじゃないか、
「〜しなければ」とか「〜しちゃいけない」とか思う必要はない、
かたくるしく言えば、英語学習の自由と主体性を取り戻そうじゃありませんかー!
(それが多読の神髄なんじゃないかー! 勝手解釈だけどー・・・)
という気持ちでおります。
そして、私としては、人様に助言するときは、基本的に、
「〜しなければ」とか「〜しちゃいけない」ってことは一切ありませんよと、
ちなみに私はこんなことが面白かったですよ、よかったらどうぞ〜と、
そういうふうに言うのが良いかなと思って、そうしているつもりです。
あ、ちなみに、私は英和辞書を引くのが学生のころから嫌いでした。
単純に、めんどくさいから・・・
もし、英和辞書を引かせたくないなら、どーんと、でっかい辞書を買うことをおすすめします。
私がそうでして、私の家は、野球のグローブでも何でも、「子供用」というものを買わない家で、
(まぁ、大人になっても使えるようにという、究極の貧乏根性だったかもしれないのですが・・・)
中学に入ったときに買ってもらった英和辞書も、中辞典ぐらいの分厚いものでした。
すると、どうなるかというと、単語を引いても、解説が一ページにわたってたりする…
こりゃダメだと思いました。早々に、辞書は引かなくなりました。
(唯一面白いと思ったのは、語源の解説です。それはよく読んでました。)
辞書嫌いなのに、辞書引かなきゃ英語はできるようにならないと信じていたので、
非常につらかったですね。
それが、伊藤サムさんや、ビッグファットキャットで、辞書なしでやさしい本をたくさん読んだらいい、
という考えに出会いまして、GRというものがあると知って、うれしくなって、
京都は河原町の(今は無き)丸善でシャーロック・ホームズのGRを買って、
河原町三条のカレー屋さんで読んだのが、私の多読始まりです。
それまで英語といえば、試験や学校の教科書でしかなかったのが、
「英語の本を楽しんでいる」ということが、とてもうれしくて、興奮したことをおぼえています。
その後、英英辞書を引けるようになって、説明が面白いので時おり引くようになりましたが、
辞書が正確だなんて夢にも思ってないので、辞書で勉強するとかいうことはしていません。
・・・話が見えなくなりましたが、まぁ、「〜ねば!」とか「Never!」とか考えずに、
おもしろい方向おもしろい方向へ、やっていったらいいんじゃないかと思うということで。
失礼いたしました。
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お二人まとめてのレスですみません。
私は引越してきた最初のスレッドで書いたように、辞書の是非を問い直しているのではなくて、多読初心者に辞書の使用を含めて「なんでも好きにするのがいい」というアドバイスをしてしまうのを、たかぽんに考え直して欲しいと思ったのです。
私はずっと前に、辞書が好きな人には「読めるようになったら英英辞典」を推奨すればいいと言っていましたが、誰にも注目されませんでした。それは、古川さんも「辞書を引かなくなる」と書いているように、「読めるようになったら」辞書なんかどうでもよくなってくるからでしょうね。でも「読めるようになったら英英辞典」は辞書を引きたい人にそういう気持ちになるまで我慢してもらうための方便でにもなると思うのです。
でも本当に読めるようになっても辞書を引きたかったら、英英辞典を引くのは…前に辞書引き実験をしましたのでそこで結論は述べています。