[掲示板: 〈過去ログ〉SSS めざせ100万語 交流の広場 -- 最新メッセージID: 9999 // 時刻: 2024/11/24(14:50)]
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お名前: こぶ
投稿日: 2002/8/22(14:50)
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こんにちは。先日投稿させていただいた、こぶです。現在50万語くらいです。 もしかすると過去のメッセージを全部読めば どこかに書いてあるのかもしれませんが、内容が重複したらお許しください。 頭の中で音読をしないようにするのが課題、と書いて、 酒井先生もなんとかしたいと思っているとおっしゃっていたのですが、 はたして、音読しないということは一体どういうことなのだろうと思っています。 私は初めて読む本を読むときには、日本語を読んでいるときにも、 頭の中で音読しているように思うのです。 ただしそれは、音読といっても話すスピードとは全然違い、 かなり速いスピードです。そのまま話すと、かなりの速さになるか、 発音できないくらいになります。一語一語を発音しているわけでも なく、適当なのですが、必ずどこかで音を意識しています。 しかし、まったく音読していないときや、限界を超えて速く読もうとするときには、 目だけが文の上を滑っていってしまっていて、 その場では全然理解していないことが多いのです。 逆に、わかりにくい文章の時や、気分がのらないときには、 音読のスピードはゆっくりとなっていき、発音がはっきりしてきます。 英語を読むときにも、同じような印象があります。 絶えず頭の中ではごにょごにょと音読しています。 でもそれはかなり不明瞭な音ですし、 単語を一つ一つ音読しているのではないようです。 私自身が英文を口に出して読むとすれば、きっと一語一語を区切って 発音してしまうので、もっとゆっくりしたスピードになると思います。 このスピードはさらに上げることができるかもしれませんが、 音が完全に消えることはなさそうに思います。 また、日本語と同じで、わかりにくい文になると、 頭の中の発音は一語一語がはっきりしてゆっくりになります。 説明が難しく、わかりにくいかもしれませんが、 これはやはり音読なのでしょうか。 意識して読んでいるうちに、日本語で読むレベルを超えて、 頭の中に音がまったく出てこないくらいになれるのでしょうか。 速読術の中には、その場では文章をさっと見るだけで、文を一つ一つ読まず、 後で潜在意識の中で意味がわかる、というようなものがありましたが、 私にとっては、頭の中に音が出てこないというのはそれに近いものがあります。 日本語でもかなり難しく、ましてや英語では・・・というところです。 音読しない、音読しないと意識を集中するあまりに、 気になっているだけなのかもしれません。 音読しないことに挑戦中の方や、もうそれが可能の方に、 ぜひそのあたりを聞かせていただきたいと思います。よろしくお願いします。
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〉こんにちは。先日投稿させていただいた、こぶです。現在50万語くらいです。
〉もしかすると過去のメッセージを全部読めば
〉どこかに書いてあるのかもしれませんが、内容が重複したらお許しください。
こぶさん、はじめまして。Ukaです。
こぶさんの疑問を読んで、私も改めて「音読しないって?」と考えてしまいました。
今まで疑問には思ってなかった・・・いい加減だー。
で考えたのですが、私の場合「音読しない」の意味は、
こぶさんの言うとおりのものです。
↓
〉ただしそれは、音読といっても話すスピードとは全然違い、
〉かなり速いスピードです。そのまま話すと、かなりの速さになるか、
〉発音できないくらいになります。一語一語を発音しているわけでも
〉なく、適当なのですが、必ずどこかで音を意識しています。
〉しかし、まったく音読していないときや、限界を超えて速く読もうとするときには、
〉目だけが文の上を滑っていってしまっていて、
〉その場では全然理解していないことが多いのです。
〉逆に、わかりにくい文章の時や、気分がのらないときには、
〉音読のスピードはゆっくりとなっていき、発音がはっきりしてきます。
〉英語を読むときにも、同じような印象があります。
〉絶えず頭の中ではごにょごにょと音読しています。
〉でもそれはかなり不明瞭な音ですし、
〉単語を一つ一つ音読しているのではないようです。
この「ごにょごにょの部分をいかに早く保つか」(はっきりした音にもどらないようにするか)を「音読しない」と理解してました。
滑らかに読んでるときは、単語の最初の音だけ「感じる」という感じになっています。
確かに日本語でも心のなかでは読んでるので、
音にまったく置き換えないというのは違いますよね・・・?
あー、でも私もまだまだ経験が浅いので、どなたか私にも教えてください。
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お名前: AKIO FURUKAWA http://www.seg.co.jp/fakio/
投稿日: 2002/8/22(21:49)
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〉音読しないことに挑戦中の方や、もうそれが可能の方に、
〉ぜひそのあたりを聞かせていただきたいと思います。よろしくお願いします。
音読というのは、
文字 → 音 → 意味(イメージ)
という理解の仕方を意味しています。
頭の中で音読と私達がいっているのも
頭の中で音をイメージしてから意味を把握している
場合にそういっています。
直接的理解というのは
文字 → イメージ
という理解の仕方を意味しています。
実際、SEGの生徒のなかには、直接理解
をしている子供達が何人かいます。
私自身は、日本語は直接的に理解していますが、
英語はやはり頭の中で音読していることが
多いです。
第2言語では、どうしても、リズムを保つために
音にも頼るので、英語で 頭の中の音読をしないように
というのはとても難しいと思うので、正直、気に
しない方がよいと思います。
ただ、中には、直接的理解をされる方がいるので
正直そういう方は羨ましいとは思いますが。。。
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こぶさん、はじめまして。
私も、こぶさんと似たような感覚で、日本語だろうと英語だろうと
黙読している時に、頭の中で音が響いているような気がします。
でも、これを音無しにしようとは思いません。
逆に、この頭の中でひびく音がないと、読書をしていても
味気ないものに変わってしまうのではないかと思います。
ここ2年くらい、多読に平行して多聴をやるようになってから、
この頭の中に響く音が、英語らしいイントネーションと感情を
伴うようになって、読書の楽しさが増しました。
私は多読の末に、リスニングでブレークスルーを経験しましたが、
これも、読書の際に頭の中で響く音があったおかげではないかと思います。
500w.p.m.、またはそれ以上の読書スピードを求めるのでなければ、この頭の中で響く音は
排除するものではなくて、楽しい読書の友くらいに考えてていいような気がします。
もっとも私は、「音無しでの黙読」はできないので、音無しの世界は想像することしか
できませんが....
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3862. Re: 音読しないということは?:ありがとうございました
お名前: こぶ
投稿日: 2002/8/23(22:12)
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こぶです。気になっていた質問に答えていただいて、 みなさんありがとうございました。 頭の中でごにょごにょという音があってもあまり気にしないで、 スピードアップをめざして英文を読んでいこうと思います。 これからもよろしくお願いします。