[掲示板: 〈過去ログ〉SSS めざせ100万語 交流の広場 -- 最新メッセージID: 9999 // 時刻: 2024/11/25(14:16)]
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お名前: sakigoro
投稿日: 2002/2/12(01:23)
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多読の効果は認めるものの、受験対策に間に合わないのではないか、
それだけでは不安であるとの意見が多いようなので、私の個人的経験でも
意味があるかなと思い、書き込みます。
私はほとんど多読だけで受験対策を行いました。
具体的には、高校3年になってから、図書館にあった学生社のアトム英文双書を読みまくりました。
これは難易度別に編集がしてあって、見開きページの左側に英語本文、右側に
難しそうなイディオム、単語、文法的説明がしてあるものです。
一番やさしいグレードのものだと、中学生でも簡単に読めるくらいの難易度でした。
Grade Readersを読んだことがないので比較はできないのですが、やさしいグレードのものだと、
基本単語で読めるように編集してあるので、Grade Readersとはかなり近いものが
あるのではないでしょうか。
これが本棚に3段分くらいあったのを、ほぼ全部読みました。
最初はやさしく書きなおしてある「親指トム」のようなものから始めましたが、
最後にはハマトンの「知的生活の方法」やモームの「パーラーの紳士」
のようなものも読めるようになってました。
もちろん、右側ページの説明の力をかりながらですが。
図書館にあるアトム英文双書を読みつくした後、ためしに、ペーパーバック
(アガサクリスティーの「ナイル殺人事件」)に手を出してみたら、辞書なしでも
なんとか楽しみながら最後まで読むことができるようになってました。
Grade Readersで英語を英語のままで、一定のスピードで読めるようになってきたけど、
大学入試に出てくるようなこむずかしい英文対策を行いたい人は、アトム英文双書のような
ものに手を出してはいかがでしょうか。辞書を引かなくてもすむので、読書の楽しみを
あまり損なうことなく、一定のスピードを保ったまま読むことができます。
現在の大学入試用の英語は長文が占める比重が高いようですし、ほとんどの入試英語は
多読で実力をつけることで難なくパスできると思います。
中には京大の英語のように、極めて難解な英文解釈を課す大学もあるようですが、
そうした大学にどうしても入りたいというのでなければ、もっとまともな入試問題を
出す大学を志望すれば良いのではないでしょうか。
私自身は、上智大学のロシア語学科に入学しました。
大学入試の為に学んだことが本当に役にたったとなかなか思えない中で、
英語で読書できることは貴重な生涯の財産になります。
私はこの時の経験がもとで、英語で読書する習慣が身につきました。
英語とはあまり関係のない職についてますが、New York Times Bestsellerのタイトルを
直接読むことができるのは、読書好きには堪えられない喜びです。
英語は読むだけで、英会話とかには興味がなかったのですが、2年前に、ひょんなことから
ポケットラジオを人からもらい、何気なしにAFNにダイヤルをあわせたところ、学生時代には
聞き取り不可能と思われたAP Network Newsがわかりそうな気がして、一週間ほど
聴きつづけてみたところ、突然、ほとんどすべてがわかるようになって、驚くと同時に
英語学習が楽しくなってしまいました。
TOEICというものがあることを知り、ためしに受けてみたら、970とれました。
英語学習に目覚めてから、ネイティブと会話をしてみましたが、つたないながらも
会話は途切れることなく続けることができます。 相手も、それなりに私との会話を
楽しんでいる様子。
何もかも多読のおかげと思ってます。
もちろん、読み、聴き、話し、書くという四つのスキルをバランスよく伸ばして行くためには
それぞれのスキルを鍛える必要があることは間違いないとは思いますが、たくさん
読むことが、それらのスキルの強固な基盤になることを確信しています。
最後に多読で語彙力がつき、読書スピードがついたら、
生の英語をたくさん聴くことを、個人的経験からお勧めします。
読んで聴いてわかることが、実用英語の第一歩と思いますし、会話は相手が
なければできないけど、読み聴くことは、日本にいても、自分の興味のおもむくまま
触れることのできる、妥協のない生の素材が溢れているではないですか。
それと、生の英語を聴いていると、読書スピードも速くなります。
本の中の登場人物が、ちゃんとしたリズム、イントネーションで、もっと
感情を込めて話してくれるようになります。 読書がもっと楽しくなります。
長々と書きこんですみません。多読のおかげで英語学習が楽しくなった、
その喜びを伝えたいとの気持ちからです。
参考になれば幸いです。
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お名前: 駿台生
投稿日: 2002/2/13(11:48)
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〉中には京大の英語のように、極めて難解な英文解釈を課す大学もあるようですが、
〉そうした大学にどうしても入りたいというのでなければ、もっとまともな入試問題
>を出す大学を志望すれば良いのではないでしょうか。
京大の出題する英語がまともでないというのはまずいでしょう。英文の構造は複雑ですが、あの程度の英語はむこうの知識人の多くが書いているものです。わたしも多読は必要だと思いますが、複雑な英文を読み解く方法論なくして単に多くの英文をたくさん読むという幼稚なやり方では京大英語にはまったく対応不能、すなわち知識人教養人の書く英語はまったく読めないということなりませんか?
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お名前: sakigoro
投稿日: 2002/2/13(13:03)
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言葉足らずでした。
京大英語はまともでないというつもりはありませせんし、
その英語は多読だけで対処不可能いうつもりもありません。
私自身は、ほぼ多読オンリーで、受験の時には、あの程度の英語で
構文などで意味がとれないことはほぼないくらいにはなっていました。
ただし、犠牲になったものも大きかったですよ。 英語ばかりで
他の勉強は放棄してましたから。 読書をするのは楽しいので
つらい受験勉強を行ったという気持ちがほとんどありません。
あくまでも個人的な経験に基づく発言であり、私が行った勉強方法の有効性を
無邪気に他の人に無条件に一般化するわけにはいきません。
他の人だと、もっと少ない時間で実力をつけることができるかもしれないし、
逆に、もっと時間がかかるかもしれない。
ただ、大学入試までの時間が限られている受験生が多読ばかりで
あの難解な構文に対処できるようにするには時間が足りないこともありえる。
そうなった場合、状況が許すのなら、志望校の中でも、やさしめの英文を大量に
課す大学を目指した方が良いのではないかという気持ちからの発言です。
上智の外国語学部のように、大量の英文を課す大学でしたら、多読で対処する
方が有効でしょうし。
また、個人的経験からの勘ですが、私が多読を始めたのが高校3年になってからですから、
もっと早い時期からやっておけば、他の勉強も犠牲にすることなく
すばらしい実力をつけることは可能なのではないかと思います。
いずれにせよ、多読によって身につける英語感覚を優先したほうが、後々、実りの多い
ものになると思ってます。
ずっと英語を読みつづけてきて思うのですが、英文の意味がとれないのは
文法的なことよりも、単語にあることが多いのですよ。
それも、わりと簡単な基本単語に近いことも結構あります。
英語の歌詞なんかを読んでみると、難しい構文は使ってません。
でも、それぞれの言葉のもつイメージをきちんととらえてないと
わからないことが多いです。 こうした感覚を養うのは、大量に英語に触れていくしか
ないし、その一番の近道は多読だと思ってます。
あっ、でも駿台生さんは、多読の効果を否定しているわけじゃなくて、
肯定していらっしゃるのでしたね。 後半部分は余計でした。
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〉ずっと英語を読みつづけてきて思うのですが、英文の意味がとれないのは
〉文法的なことよりも、単語にあることが多いのですよ。
文章の質によると思います。小説や詩の場合は英文の構造も単語の辞書的な意味もしっているのになにをいっているのかよくわからないということがよくあります。こういうものを読めるようになる感覚は多読で養うべきなのでしょう。しかし、通常の書物の英語は、内容語より機能語の働きをきちんととらえているかどうかのほうが大事だと思います。
〉英語の歌詞なんかを読んでみると、難しい構文は使ってません。
〉でも、それぞれの言葉のもつイメージをきちんととらえてないと
〉わからないことが多いです。 こうした感覚を養うのは、大量に英語に触れていくしか
〉ないし、その一番の近道は多読だと思ってます。
その通りだと思います。
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>京大の出題する英語がまともでないというのはまずいでしょう。英文の構造は複雑
>ですが、あの程度の英語はむこうの知識人の多くが書いているものです。わたしも
>多読は必要だと思いますが、複雑な英文を読み解く方法論なくして単に多くの英文を>たくさん読むという幼稚なやり方では京大英語にはまったく対応不能、すなわち知識>人教養人の書く英語はまったく読めないということなりませんか?
言葉は教養の道具である以前にコミュニケーションツールです。
また物事を学ぶときには合理的な順序があると考えられており、
高次方程式の前に一次方程式を学びます。
英語を学ぶときにも、教養としての英語以前に、コミュニケーション
ツールとしての英語の土台をしっかりさせることが、近年特に必要に
なってきたと考えます。明治大正時代には、欧米の科学技術や知識を
導入するために、英語文献を読むための英語知識が一番大切でした。
そのために知識を読むことのみが重視され、インタラクティブなやり
とりや、ニュアンスを表現する・解釈することが看過されてきました。
今では多くの人が海外旅行に出かけ、インターネットの発達により
世界各国に友人を持つことも可能になりましたし、日本で手に入ら
ないものもオークションで競り落とせます。面白いゲームもあるよう
です。まず初めはこうした日常でのニーズに対応できる英語を学び、
その後さらに意欲のある人が、知識人の教養ある英語を目指せば良い
のだと思います。
万葉集も源氏物語も平家物語も知らなければ、教養ある日本人
とは言い難いからといって、外国人に電化製品の取説を読むための
日本語より先に古文を教える日本語学校があったとしたら、その
学校が親切だとお考えになりますか?
いきなり小林秀雄氏や江藤淳氏の日本語を読めるようになろう
として途中で挫折して日本語がちっとも読めなくなるより、まず
赤川次郎を読めることを目指せば、多くの人が目標にたどり着け、
日常生活も便利で楽しくなるだろうと思われませんか?