[掲示板: 〈過去ログ〉多読による外国語教育 -- 最新メッセージID: 1456 // 時刻: 2024/11/25(04:55)]
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お名前: 古川@SSS http://www.seg.co.jp/
投稿日: 2005/10/7(00:49)
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"marin"さん みなさん こんばんは!
〉私のカンチガイは、ネイティブ並みのきれいな発音、正しい文法で、高度?な
〉語彙を使って話すことがすばらしいことで、そうでないことは恥ずかしいこと
〉だと思っていたことです。
〉もちろん、それができるならそれにこしたことはありませんが、言語の根本は
〉そんなところにありませんよね。
恥ずかしながら、多読をはじめるまでは、私もそう思っていました。(苦笑い)
〉海外の人との会議にて、とある部長さんがお話をされました。
〉思い切りJapanease Englishでしたが、たいへん素晴らしい内容で、当然ですが、
〉海外の方々もとても感心していました。
〉その当時の私のリスニング力で理解できる(もちろん、100%なんてレベルでは
〉全然ないです)話でしたので、難しいレベルのものでもありませんでした。
〉この時に、美しい発音とか、正しい文法とか、語彙をたくさん知らないとか、
〉そんなことばかりなんで気にしていたんだろうと、がっくりきました。
〉重要なのは伝える内容であり、それが人に伝わるかということなんですよね。
多読で多少なりとも、英語力があがったら、正にそう思うようになりました。
〉こんな本質的なことを見る目を曇らせていた自分が本当に情けなかったです。
なので、最近は、講演その他でそのことを強調しています。
自分自身も下手でも何でも、言いたいことは、自分で言うべく
実践していこうと思っています。
それでは。
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スヌーピーさん、marinさん、古川先生、こんばんは。
たむです。
みなさんの投稿、ふか〜くうなずいております。
これ「共通経験」のようですね。こういうものが
ない人の英語論議はどうも疑いの目でみてしまいます。
私の場合、英語人が私に向かって話しかけたのに、
一言も聞き取れなかった、というのが出発でした。
それでも「英作文」してなにか言った!ような記憶が
あります。
無茶苦茶でしたね(笑)。
ではでは。