[掲示板: 〈過去ログ〉SSS タドキストの広場 -- 最新メッセージID: 14976 // 時刻: 2024/11/23(12:07)]
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14066. Re: 「なんで英語やるの?」大きすぎるテーマだけど答はある。
お名前: Judy
投稿日: 2004/10/5(23:50)
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Judyです。興味深い話題だったので、私も参加させてください。
私は英語の普及は世界平和につながると考えている人間です(私も愛のためにやる派です)。
私は言葉の壁というものがはやくなくなればいい、ここまで英語が普及しているのだから、もう英語でいいよ、その先にいこう、と思ってます。
英語をアメリカやイギリスの言葉としてではなく、世界公用語に認定し、そういう教育課程を設けることで、これからの子供たちは一生英語に時間もお金もかけることがなくなり、さらに自国語も話す。自分の国のことをはっきりと第2公用語である英語で議論していく。世界中の人がみんな普通に1つの言語(英語の可能盛大)を当然のこととして話すだけで、どれだけの問題が瞬時に解決されるだろうか、と思ってしまいます。
このトピックに関する興味深い本を紹介します。1.は偏見なし。日本語英語についてもふれてます。2.3.は対立した英語に対する考え方ですが、ネーティブが英語の普及に関してどう考えているかを知ることができます。
1. The Other Tongue: English Across Cultures (English in the Global Context)
by Braj B. Kachru
2. Linguistic Imperialism (Oxford Applied Linguistics S.)
by Robert Phillipson
3. English as a Global Language
by David Crystal
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お名前: apple http://www.geocities.co.jp/Bookend-Hemingway/5353/
投稿日: 2004/10/6(00:30)
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Judyさん、こんばんは。
〉英語をアメリカやイギリスの言葉としてではなく、世界公用語に認定し、そういう教育課程を設けることで、これからの子供たちは一生英語に時間もお金もかけることがなくなり、さらに自国語も話す。自分の国のことをはっきりと第2公用語である英語で議論していく。世界中の人がみんな普通に1つの言語(英語の可能盛大)を当然のこととして話すだけで、どれだけの問題が瞬時に解決されるだろうか、と思ってしまいます。
おっしゃることも理解できるのですが、日本ならばほとんどの子どもが学校に行けますが、学校に行くことさえできない子どもが多い国もまだまだあります。識字率、当然低いです。母国語すら書けない人がいます。こういった国で、外国語まで学習できるのは、ごく一部のお金持ちになるかもしれません。
ただ、他の言語を学ぶこと、あるいは他の言語を知ったことで知れる多くのことが、文化の異なる他の国々の理解につながる可能性は高いと考えています。理解から平和につながってもいくことと思います。
悩むところは、親子で、日本語という母国語で話している際でさえ、さまざまな理由から「変な事件」が起きています。コミュニケーション、あるいは、インターナショナルアンダースタンディングというのは、言語というプロトコルが共通でも、それだけややこしいものだと考えています。
多読を通して色々なことに気づきつつ、「英語でない本は読めない」という妙なジレンマを感じています。まだアルファベット系の言語は辞書をひけば内容によっては推測できそうですが、そうでないと「???」という感じです。
一番は、いろいろな国に、飛び込んで見ることかもしれませんけどね。
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appleさんこんばんわ。レスありがとうございます。
とても興味深いですね。発展途上国の飢饉の問題も解決されていないこの時代に、グローバルイングリッシュなどと先読している先進国の人たちはさらさらおかしいのかもしれません。これらの国が軍事費に何100億も無駄金を使っている、世界の軍事費を使えば飢餓状態にある世界中の人を救えるそうです。そんな話をしたらきりがありません。私が信じているのは、みんなが裸になれば問題が解決できる、ということです。英語は世界が一つとして裸になる一つの重要な手段だと思っています。自分の利益、自国の利益、は全て恐れから来ているものだと思います。お金が儲かる方向に動く世界を、あげる方向にしていくことが大切だと思っています。英語は自分にとってくれるものが多いから、将来自分が得するから、するのではなく、英語をしたら日本語(私たちの場合)をできない人のいう考え方や感じ方もわかってあげることができるから英語をしてあげる。見たいな感じがいいような気がするのです。
人間の愛情もこういう感じですよね。「どうして彼と結婚したいの?」という問いに、「彼は○○してくれるから」と思うか「彼に○○してあげたい」から、と思うか。
英語をしてあげている英語が公用語でない国の人たちはすごく愛情があると思うのです。
appleさんの挙げていた親子関係の例。とても大切だと思います。人と人とのコミュニケーションの基盤は、自分がわかるのではなく、どこまで相手にわかりやすいようにしてあげられるか、という双方の愛情だと思います。まずは愛する横にいる人、そして家族、近所のコミュニティ、国家、世界と同じ枠で広がっていくといいですね。
英語でない本が読めない。私もそれを思っていました。こればかりは、他の国の方々が愛情を持って翻訳してくれるのを待つしかないですね。その点でも少なくとも英語が理解できるようになると、他の言語で書かれた本を(英語翻訳で)読む可能性もうんと上がります。まずは英語に翻訳されるので。
映画もそうですね。たくさんの映画が英語の字幕つきです。日本語の字幕でなく、英語の字幕で映画を探すようになってから、観る事ができる映画の枠が大幅に増しました。
なんだかだらだら書いてしまいましたが、うまく伝わるとうれしいです。-J
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14076. Re: 「なんで英語やるの?」大きすぎるテーマだけど答はある。
お名前: 杏樹
投稿日: 2004/10/6(23:00)
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Judyさん、こんにちは。
反論になってしまいますが、あくまでも私の意見として聞いてください。
〉英語をアメリカやイギリスの言葉としてではなく、世界公用語に認定し、そういう教育課程を設けることで、これからの子供たちは一生英語に時間もお金もかけることがなくなり、さらに自国語も話す。自分の国のことをはっきりと第2公用語である英語で議論していく。世界中の人がみんな普通に1つの言語(英語の可能盛大)を当然のこととして話すだけで、どれだけの問題が瞬時に解決されるだろうか、と思ってしまいます。
私は英語に対して「世界公用語」という特別な地位を与えることには賛同できません。確かに現在世界で一番通用している言葉ではありますが、それにお墨付きを与えることによってかえって「英語さえできればいい」という風潮になっていくことを危惧します。
EUでは複数の言葉が公用語として認められています。そこでも英語の通用度は大きいですけれど、複数の言葉を公用語とすることで、いろいろな言語を大切にしようという意識が生まれるからです。
言葉はあくまでもコミュニケーションの手段です。英語によって意思疎通ができて交流が深まるのはいいことです。しかし世界にはたっくさんの言葉があります。どの言葉にも優劣はありません。複数の言語を習得するのは難しいですけれど、「英語さえできればそれでいい」ではなく他の言語を尊重する意識を持つように心がけていたいです。
言葉の通じない国へ行った場合、その国の言葉はほとんどできなくても、あいさつだけでもそこの言葉で言うだけで雰囲気が変わるものです。私も外国へ行くときはあいさつぐらいは覚えていきたいと思っています。「ありがとう」の一言だけでもいいんです。「英語ができるからいらない」と思う事がない様にしたいものです。
また、言葉はコミュニケーションの手段ではありますが、話の通じない人、考えの全く異なる人同士ではには母国語同士でも通じないものです。英語ができれば問題が解決する、とは限らない、ということも申し上げておきます。
ですから私は英語はあくまでも世界中にあるたくさんの言葉のうちの一つ、ととらえておきたいです。
なんてことを考えるのは、私が特に英語が好きでも嫌いでもなく(受験英語はキライ)、それほど勉強をする熱意もなく、多読がなければ英語の勉強などさっぱり身に付かなかったところで、そこで英語ばかりが重要視されると「困るなあ」と思ってしまうからなのでした。
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14086. Re: 「なんで英語やるの?」大きすぎるテーマだけど答はある。
お名前: Judy
投稿日: 2004/10/8(01:57)
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杏樹さんこんにちは。お返事ありがとうございます。
杏樹さんのおっしゃることは全く反論ではありません。私も賛成のところが多いです。
appleさんへのレス読んでいただけるとうれしいです。
http://www.seg.co.jp/cgi-bin/kb7.cgi?b=sss-f-g&c=e&id=14070
私は、独自の国のアイデンティティを持ちつつ英語が負担なく使いこなせる人間を養成できるようにしていくことが、平和に結びつくと考えているのです。これはもちろん私たちの命のある短時間では不可能です。今はどの国も多かれ少なかれ、自国語、他国語は使わないからしない、という状態です。そうではなく、自国語はもちろん大切、そして他国語はお互いわかりあうためにしてあげる、という意識と動きにもっとなれば、と思うのです。アメリカに、イギリスに、英語に犯されるという考えではなく、それを超えたみんなの理解のために、という感じでしょうか。私は今仕事のためアメリカに住んでいますが、アメリカでも英語ができれば言いという人はたくさんいます。英語を一生懸命しゃべってくれている外国人を見下す人もいます。私はそういう人には「あなたは母語である英語しかできないのに何を威張っているの」といいます。「相手はあなたとコミュニケーションをとるためにあなたの言葉でしゃべっているでしょう。それをどうして馬鹿にできるのですか」と。私はネーティブスピーカーが、語学学習者の多大な努力にあぐらをかいて、さらにそれを馬鹿にするような態度が大嫌いです。だから相手に目を覚ましてもらうようなことを言ってしまいます。彼らが日本に対して間違った考えを持っていたら、私から正していかなければいけないと思っています。私も差別にあっている一人でした。アメリカに来たころ、私の英語がネイティブではないため、黒人の女性秘書に用事を頼むと鼻であしらわれたことが何度もあります。初めは腹が立ちました。でも最後には彼女の見ている狭い世界に同情しました。アメリカでは見た目はみんなさまざまです。見た目でアメリカ人かどうかは分かりません。みんなもとは移民です。だから英語でアメリカ人かどうかを区別します。まだまだ差別の多い国です。日本のことしか考えることのできない日本人がいるように、アメリカのことしか知らないローカルアメリカ人も多いです。でもそれは当たり前です。でも私は自国のアイデンティを持ちつつ国の枠を超えた世界国民にみんななれたらと思うのです。そのためには自国の理解は当然、そして共通のコミュニケーション手段である英語(今の状況を考えると)が重要だと思うのです。