[掲示板: 〈過去ログ〉YL・語数・書評システム情報 -- 最新メッセージID: 1253 // 時刻: 2024/11/22(21:42)]
------------------------------
みなさん、こんにちは。成雄です。
しおさんの、この発言↓に反応するので、こちらにくっつけさせていただきます。
しおさんの発言は「 し〉」
古川さんの発言は「 ふ〉」と表示します。
し〉 ほんとは、レビューにYLいれるのはヤダ、と思っている人は
し〉 たくさんいると思います。
し〉 でもこれが、古川さんの書かれた「YLについて(3)」の将来の投票制度
し〉 や、酒井先生が下の 3 で書かれた平均点を出すための、システム上の
し〉 布石なんですよね?
私の告白は、YLについて、質問するのを断念したということです。
この投稿は、質問ではありません。意見というよりつぶやき程度のものです。
質問投稿を控えた理由は、
(1) YLについて外野から因縁をつけていると思われたくないから
(2) 古川さんのYLについての解説投稿を読んで、議論になじまないと思えたから
(3) 統計や確率に詳しくないから(無知をさらすだけ)
(4) 無料で書評システムを使わせてもらっているから
ではなぜ、今さらつぶやくのか?
引用した上↑の発言について同じ感覚だから。ひょっとしたら、参考になるかもと思って。
もちろん、議論にならないだろうと思って、質問しなかったわけですが。
これまで私は、YL入力を前提として投稿してきました。
でも、その前提が私にはわかりません。また、統計に詳しくないので
仕方ないのですが、確率の判断理由が理解できません。
(1) なぜ、レビュー登録時にYL入力を必須項目にしているのか理解できない私
YL入力を必須条件にするということは、
書評システムに感想を表現する絶対条件にしているということを意味するはずです。
これが理解できません。
多読のいいところは、「お勉強」感覚を必要としないはずです。
巻末にあるエキササイズはいっさいやる必要なし!『読むだけでいい!』(今日から本)
『すべてゆっくり自然に体にしみこむのを待ちましょう』(快読100万語)だと思うんです。
何で、「この本は、A本よりやさしい。B本より読みにくい。C本と同じくらい」って判断を必要とされるのか、
わかりません。(アンケートなら任意なはず)
たくさん読むから(この「たくさん」というのも人によって数が違う)体に基準本となる
本の位置づけが確立されていくのであって、本を読みはじめた時や、少し読み慣れてきた時とか
いつ頃になるのか、人によってわかりません。
そもそも多読学習の持っていた、おおらかさ、やさしさ、ある種のいい加減さ、
こうしたものを消してしまっているのではないかと思えてしかたないです。
それが、結果として、レビュー登録の減少(新システムへの不安感もまだあるかも)になっていると思うのです。
ただでさえ、多読を始めて100万語をめざしている方は、
「レビューは○○万語になってから」とかという感覚があると思えます。
感想文を書くのだって最初は時間がかかります。その時間を本を読む時間にしたいと思うでしょう。
さらに、YLの入力必須では、ターゲットとしている多読開始者の意見が統計の参考になるような
ものとしてあがっている(今後は予想ですが)とは思えないです。
必須ではなくて、『わからないところ(YLも)は飛ばす』精神で、なぜいけないのですかねぇ。
(2) なぜ、GR本と一般本の理解度の違いを加重しないのか(すでにしているのかな?)理解できない私
YLについて(2)で、
ふ〉 GRでは8割程度の理解で読める人も
ふ〉 一般書となると7割位の理解でないと読めないのが普通です。
ふ〉(tutomuhさんの指摘は、この点を指摘されているのだと思います)
これは、多くの方の認めるところでしょう。
だとすれば、一般書のYL数値も、同じように、加重して表現する必要があるのではないでしょうか?
8割が7割の理解と同程度になるとすると、
8 ÷ 7 ≒ 1.15 となるはずです。(このあたりですでに計算方法が合っているのか不安ですが…)
YL一覧表で表示されている数値を例にすれば、
PGR2 = YL2.2-2.6 です。
すると、PGR2を8割ぐらい理解できる感覚、つまり仮に一般書も8割程度理解できたとした時
同じように表現すると
2.2 × 1.15 ≒ 2.5
2.6 × 1.15 ≒ 3.0
つまりYL2.5-3.0
と加重した数値の表現にしないと、同じ感覚を数値で表現していることにならないはず(ですよね?)。
ここで発言されているみなさんが、GR本の8割理解と一般書の7割理解が同程度という前提で
YLを表現しているのかは不明です。そもそも8割と7割の違いの感覚すら微妙なんですが…。
でも、YLについて(3)で、非常にわかりやすい理解度の日本語表現が役立つと思うんです。
ふ〉ここで、理解度ですが、
ふ〉90% 日本語で読むのと同じくらいすっきりわかる
ふ〉80% かなりクリアに細かいところもわかりながら読めている感じがする
ふ〉70% ちょっとあいまいなところもあるが、かなりクリアに読めている
ふ〉60% だいぶあいまいだが、まあまあ読めている
ふ〉50% 相当霧の中だが、あらすじはわかる
数字にすると難しいけれど、日本語の感覚なら、比較できる可能性が高いと思います。
自分のなかで、「かなりクリア」・「まあまあ」な感覚が同じであれば、同程度と推定可能です。
基準本をGRにするとすれば、同じような感覚(理解度)であれば、1.15倍して表現する。
一般書のATZ, MTH, などがYL2.6-3.6 とされています。
1.15倍すると、YL3.0-4.0(4.1) となります。
私は、このように8割理解という感覚(飛ばし具合、理解感)での比較の方がわかりやすいです。
(3) ところが、一般書のYL定義はそうなっていなかったことを知らなかった私
YLについて(2)(3)で、
ふ〉(一般書のYLの定義)
ふ〉 GRで同程度のYLのものをだいぶ読み慣れている人なら、
ふ〉 約50%位の人がその一般書を理解度60%位で
ふ〉 読めるだろうと推定される本のYLを、そのGRと同程度とする
GRをだいぶ読み慣れている=ばらつきはあるものの、だいたい7〜8割は理解できる感覚。
これは先ほどの話と近似でしょう。
一般書の理解度60%位=ばらつきはあるものの、6〜7割は理解できる感覚。
これも先ほどの話と近似でしょう。
そのGRと同程度とする=これについては、私の感覚・理解と違うことをすでに書きました。
問題は、約50%位の人というところです。
PGR2 = YL2.2 - 2.6 位をかなり快適に読めている人の「半分程度の人」が内容を60%(以上)理解できる。
これを逆に言うと、
PGR2 = YL2.2 - 2.6 位をかなり快適に読めている人の「半分程度の人」が内容を50%理解できなくても
PRG2と同程度のYLとする。
率直に言って、快適に読めている人の半分が読めないのに、何でそれが「同じ読みやすさ」なのか
私には理解できません。
これは、サンプルにした、学生や社会人等々を勘案して、一般的という意味と、5割という判定の
わかりやすさから導きだされたのかもしれません。
でも、初めてこの定義を読んだ時には、思わずアゴが落ちました。
ふ〉低いものが読めなかった
ふ〉場合には、
ふ〉私はたまたま、残りの50%だったんだな
ふ〉と思って下さい。でも、大体半分の人が読めない
ふ〉こともあるんだから、今の自分にはちょっとあって
ふ〉いなかったんだ と考えて下さい。
この話は理解すると以前書きました。
いまでも同じです。
ただ、
私には、たまたま = 偶然 = 一か八か = だから50%、
次の一般書でも
さらに次の一般書でもと
仮に2〜3回続けば、そのYLの本はまだ早いと考えるのではないでしょうか。
でも、そのYLはGRなら7〜8割快適に読めるYLなんですよね。
YLの数値に混乱しても不思議ではないと私には思えます。
し〉個人の好みに左右される部分が大きいから、実際決めるのは難しい
し〉と思いますが、基準となる本があれば、判断しやすいだろうなと思います。
し〉今度のタドキスト大会前企画で、掲示板でレベル2〜3の児童書の
し〉について、掲示板でみなさんから意見を募集するのですが、
し〉このレベルの本選びやレベル判断の助けになればといいなと思っています。
し〉[url:http://www.seg.co.jp/cgi-bin/kb7.cgi?b=sss-off&c=e&id=477]
いまやろうとしていることは、
本の地図を作ろうとしているのだと思います。
YLが多読学習者になじむといいなぁと思っています。
▲返答元
▼返答