「投げる」というよりも

[掲示板: 〈過去ログ〉本のこと何でも -- 最新メッセージID: 3237 // 時刻: 2024/11/24(14:01)]

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2590. 「投げる」というよりも

お名前: 杏樹
投稿日: 2008/5/15(22:28)

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極楽トンボさん、主観の新茶さん

〉〉 私は、このSSSで、はじめて「本を投げる」という言葉を知りましたが、私には、この意味がよくわかりません。本や作家や本を読むのを投げるという言い方は、おそらく一般社会の用語ではないと思われます。
〉〉 「本を投げる」「本を読むのを投げる」とは、「仕事を投げる」とか、「思案首を投げる」という使い方と同種なのでしょうか。

〉SSS三原則の3番目、「つまらなくなったらやめる」のことですね。辞書を引かずに、わかるところをつなげて読み、それで読むのがつまらない本は、読むのをやめるということです。こういう洋書の読み方は、勉強法としては、それほど一般的ではないと思います。

3原則の3番目はそのときによって「つまらない本は後回し」「つまらない本はやめる」という風に言われます。「投げる」だと表現が過激ではないかという意見もあり、「つまらない本は後回し」という言い方が普通になっているはずです。

〉それが証拠に?、多くのタドキストの人々は、読んで楽しくないのに、その本を投げることができないのは、英語を学習するという気分が抜けないまま多読をしていることの証拠のようにみなすことが多いように思います。タドキストの人たちのように、英語の書物を楽しく読むことが習慣となっている人たちにとっては「本を投げること」など当たり前のことで、(不射の射じゃないけど)達人になると意識すらしていないかもしれません。

つまらない本をやめるのは、けっこう難しいです。もう少し読んだら面白くなるかもしれない、せっかくここまで読んだのにやめるのは惜しい、などなど、思い切りよくやめるのにはけっこう葛藤があるものです。

〉わたしは、SSSの掲示板を通じて、外国語の勉強は、外国語を使う時の自分の人格を作り上げる作業のような印象を得ています。だから、できれば、日本語での人格形成と同じように、効率だけを重視するのではなく、楽しい英語体験を豊富にすることによって自分の英語人格を形成したいような気がします。しかし楽しい英語体験というのも抽象的でよくわからないし、一方で効率を求める気持ちも強く、どうしていいかわからずいらいらします。ただいんちき多読といんちきシャドウイングでお茶を濁しています。

これは日本語でもそうですが、面白い本を読むと、夢中になってどんどん進んで止まらなくなって一気に読んでしまって「あー、面白かった」という満足感を感じます。しかし課題や何かで読まなくてはならない本をムリヤリ読むと、なかなか内容が頭に入らなかったり読むのに時間がかかっててこずったりします。
英語の本もそうです。「おもしろい」と思える本を読むと早く読めて内容がしっかりつかめます。ですから面白くない本を読むのは効率が悪く、面白い本を読む方が効率がいいのです。
「あー、面白かった」と心底思える本に出会ったら多読の本当の効果がわかると思います。私にとってそのきっかけになったのはロアルド・ダールの本でした。でも誰もがダールの本を読んだらそう感じるとは限りません。

多読で一番努力を必要とするのは実はそこなんです。自分が面白いと思う本は何か、自分が興味のあることを見つめなおすことです。他人のお勧め本はあくまでも目安です。自分が面白いと感じるのはどんなことか、自分が興味を引かれるのはどんなことかを自分の感覚でつかむことです。その感覚に従って面白い本を探すのが大切です。


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