Re: 200万語通過しました。

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3017. Re: 200万語通過しました。

お名前: しお
投稿日: 2002/7/16(20:17)

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ヨシさん、こんにちは。
ヨシさんの質問は大変大事なところをついていると思います。
私もまだつかみきれていない点でもあります。

〉〉自分が考えていたよりかなり早かったのですが、これは6月2日の多読に関する講演会の
〉〉おかげです。英語を読むとき必ず赤ペンをもって、気になるところをチェックしながら
〉〉読まずにはいられなかったのですが(英英辞書の調べた部分に下線をひくことまでしていました)
〉〉そういうことはすっぱりやめて、どうしても気になるところだけ電子辞書の英英にぱっと目を
〉〉走らせるだけに変えました。

〉私は今上の『読まずにはいられなかったのですが・・・』と言う過去のしお
〉さんと同じ状態にあります。 飛ばし読みをすれば良いのですが,それでも
〉十分ストーリは追えますし,それなりの感動もします。

〉一方で読む流れが止まるところ(知らない単語,表現,場面に対する誤認識
〉等々)で,それなりにそこで時間をかけて,調べたり,何故判らないか考え
〉たりして回答が得られると,そこに新しい発見の感動があり,またストーリ
〉もさらにはっきりして来ます。

〉しおさんもその『読まずにはいられなかったのですが・』時代にはその様な
〉私と同じ経験されていませんでしたか?

それはもちろんあります。というより最近までずっとそうでした。
100万語へ行く過程で読んだ
THE CHILDREN OF THE NOISY VILLAGE を例にとりますと、
この本は本文は116ページ、挿し絵がかなりあるので実質100ページないのですが、
私が赤のマーカーを入れた箇所は全部で160以上、そのうち93の単語ないしイディオムを
英英辞書で調べ、語義を余白に書き込んでありました。(走り書きですが)
他の本はここまで書き込んでませんが、やはりマーカー、英英辞書の下線引きは必ずしました。
特にイディオムは調べたら思っていたのと全然違うとことも多いし、おまけに基本単語のイディオム
にかぎって、話の筋を左右したりします。そして「ああ、なるほどな。」と腑に落ちたときは
とても嬉しいものでした。

〉もしそうだとして,『すっぱりやめて』以降は,当然それ以前のメリットが
〉消えて,『すっぱりやめて』以降の違うメリットが出てきているのだと思う
〉のですが,それはきっと ”読むスピードの急流の筏下り読み”となって出
〉ていると思いますが,やはりその新しいメリットの方が最初の方のメリット
〉よりもしおさんにとっては大きかったでしょうか? 私も結果的にはその方
〉が大きいと思いますが,失ったメリットに関しても含めてその点に付いても
〉う少しご意見あれは教えて下さい。

 新しいメリットの方が、最初のメリットより大きいというよりも、
 調べて腑に落ちるという体験を重ねて重ねて、やっと辞書を引く時間の方がもったいなく
 感じる状態に来ることができた、という感じです。
 自分が今ある段階によって、メリットというのは違ってくるのではないでしょうか。

 分からないところを調べるメリットというのは大変大きいと思います。
 ヨシさんの場合はそれが読書の妨げにならず理解を深め、感動を増すのですからなおさらと思います。
 
 GRと一般書(児童書含む)の間には、ちょっと大きなギャップがあり、
 GRであまり辞書を 引かないで読み進められても、一般書では不明な単語が束になってやってきます。、
 私はそれらをみんな無視して進むことはできないタイプです。児童書を辞書をひきつつ12冊ほど読み進め
 また、GRに戻った頃、ちょうどうまい具合にハリーポッターに手をつけたのです。
 ハリーポッターはかなり語彙レベルが高いので調べたい言葉だらけですが、「早く先を読まなければ」という
 強迫観念めいたものが、私に辞書を離れ始める力をくれたと思います。

 ハリーポッターのときも、電子辞書は頻繁に使いましたが、英英をさっと見るだけでした。
 とにかく物語の世界から落っこちたくなかったので。このときはまだ「筏下り読み」一歩手前です。
 なにしろ、ハリーポッターは伏線、伏線また伏線で、ささいなことが大きな展開につながったりするので
 前のページを読み直したり、発言の意図をつかもうと同じ部分を何回も読んだりなどしていました。
 そして、ハリーポッターよりも易しいHEIDIを読んだとき、「筏下り読み」が突然訪れました。
 一種のパンダ読みでしょうね。この感覚を失いたくないばっかりに、他の児童書を次々読んでいます。
 この時点で、辞書を(あまり)ひかないメリットが自分のなかで大きくなったといえます。

 だから、新しいメリットと前のメリットは、比べようとしても比べることができません。

 〉私は知らないフレーズを100回見ても,状況から判断出来るフレーズもあ
〉れば最終的には辞書のお世話にならないとどうしても意味の分からないもの
〉もあると思います。 それらは,意図的に記憶してしまった方が最終的には
〉自分の力になるのではないかと,『読まずにはいられなかったのですが・』
〉病が直っておりません。 ・・・その点に付いてもしおさんのご意見お聞か
〉せ下さい。

 調べることで心から納得して読み進むことができるならその方がよいと思います。
 私も気になる語を調べないのは不安です。辞書は不安を取り除くのにいいのではないかと
 思います。ただ、辞書を引くことと、意図的に覚えることはイコールではないと思います。
 調べても、すぐ忘れるものですが、「意味を調べて、すぐ忘れる」でいいようです。
 上記のTHE CHILDREN OF THE NOISY VILLAGEを、この書き込みのために見直したら、「どうしてこんな
 単語調べたのかな?」という単語が多数になっていました。辞書を見たおかげと、多読の過程で何回も見た
 おかげとたぶん両方でしょう。辞書で調べても、覚える努力は全くしていません。

 昔の私なら、全ての単語を調べたあげく、その単語・イディオムのはいった文章を50回は音読しなければ
 覚えられないと思っていました。実際Jacqueline Wilsonの児童書を軒並み読んでいたときは、同じ作者の
 本なら使われる語彙は共通のものが多いから、どれかひとつのカセットを買って、徹底的に不明の語を調べた後
 シャドウイングしようかと思ったほどです。(カセットは買いましたが、実際にはやりませんでした。)
 
 英語の本は、究極の用例集だと思います。辞書を見て(辞書を見なくても心は平安な方は必要ないと思いますが)
 安心して忘れ、そしてたくさん読むのがよいのではないかと思います。


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