独語児童書多読10万語通過報告&論考

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926. 独語児童書多読10万語通過報告&論考

お名前: 慈幻 http://mayavin.txt-nifty.com/labotadoku/
投稿日: 2005/6/9(22:59)

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どうも慈幻です。

本日、6月9日に、"Das Magische Baumhaus24 Den Gorillas auf der
Spur"を読了し、独語児童書多読10万語を通過しましたので報告します。

ちなみに、内訳は、

Frosch und Kroete(Frog and Toadの独語版) 1冊 5,000語
Nick Nase(Nate the Great独語版) 13冊 19,500語
Das Magische Baumhaus(Magic Tree House独語版) 24冊 120,000語

の計38冊、144,500語です。

既に、漫画で100万語を越えているとはいえ、英語に比べると認識語彙が
低いので、レベル2〜3くらいでも知らない単語はしょっちゅうです。

ただ、「認識語彙率の低さ」にはかなりの耐性ができてますので、全く
といっていいほど気になりません。

やはり「読み飛ばし」スキルこそが「多読」の基本にして奥義なのだと
実感する今日この頃です。

さて、これで独語児童書は10万語という最初の山場を越えたので、これ
から色々と手を出していく予定です。

現時点の予定では、小学生の女の子が見つけた魔道書の魔術を使って
騒動起こすらしいHexe Lilliシリーズ、かなり情けない少年吸血鬼が
主人公と思われるKleine Vampireシリーズに挑戦しようかな〜と。

●シリーズ評

○Frosch und Kroete

英語版の4冊を1冊にまとめただけでなく、季節ごとに並べなおした愛
蔵版。

Arnold Lobel特有のほのぼの感はそのままですが、Froschが男性名詞、
Kroeteが女性名詞のため、英語原書の「友情物語」が、ややもすると
「凸凹カップルのラブコメディ」のような印象を受けます。

つうか、同じイラストでも、異性同士の物語として読むと、全く違う
印象を受けてしまうと言うのが非常に衝撃的でした。勿論、意図的に
意訳しているのもありますが(笑)

○Nick Nase

我らがNate君の独語版。ただ、翻訳の順番がバラバラなので、英語原
書との対応は気にしない方が吉。

また、とある登場人物の設定がかなり変わっていて、一瞬、誰か分か
らないということがありました(笑)

よく分かりませんが、7・8歳以上対象と割には、8歳以上対象の
Das Magische Baumhausよりも読みにくいものもありました。

○Magische Baumhaus

私のお気に入りであるMagic Tree Houseシリーズの独語版。15巻まで
は英語原書とほぼ完全に対応してますが、ドイツの子供に受けないだ
ろうアメリカの歴史に関係する巻を飛ばす関係上、16巻以降は順番が
ぐちゃぐちゃになってます。

ただ、英語原書のファンなら、「愛」で読めます(笑)

●「周辺認識」の積極的利用の可能性について

複数言語に手を出した結果、読書時間不足に悩むこととなり、読書
速度を上げる妙案はないかと、何冊か速読の本を読みました。

そこで、フォトリーディングの本を見つけ、読書速度及び情報の大
量入力について、考えを根本的に改めざるを得なくなりました。

フォトリーディングとは、一言で言えば、ソフトフォーカスという
目の焦点を意図的にぼやかすことで、読視野を拡大し、1ページを
まるまる「観る」ことができるようにした状態でどんどんページを
めくっていき、潜在意識に高速に大量の情報を入力し、自己暗示を
かけることで、後でその情報を顕在意識に浮かび上がらせるという
情報処理技術です。

この「潜在意識に高速に大量の情報を入力」というコンセプトは、
「語数の絶対量増加による理解力の向上」を目指す多読にとって、
非常に親和性が高いと気づいた時、私の中で、あるアイデアが浮
かびました。

「潜在意識に入力した情報を、自己暗示で顕在意識に浮かび上が
らせる」という「Activation」(活性化)という手順を、通常の
多読で代用するのが最も効率的ではないか?

つまり、

1 「ながら聞き」・「眺め読み」によって、音声・文字情報を
高速・大量に潜在意識へ入力する。

2 それらの情報が顕在意識に浮かび上がるという自己暗示をか
けながら、通常の「多読」を行う。

という風に、フォトリーディングと多読を有機的に連携させれば、
学習効率が飛躍的に向上するという仮説です。

現在、この仮説に基づき、英語・独語・西語・仏語・露語・中国
語のインターネットラジオ放送をBGM代わりに「ながら聞き」し、
時間が許す範囲で各国語のWEB新聞をざっと「眺め読み」するとい
うのを日課に追加しました。

これで、仏語の語彙認識率の向上が、独語で向上し始めた50冊よ
りも早い段階で起これば、「ながら聞き」・「眺め読み」といっ
た「周辺認識」(サブリミナル入力)による「語数水増し」が
可能と言うことになり、多読にとっても非常に面白いことになる
のではないかと思ってます。

●音読の効用について

SSS方式の多読においても一般に言われる多読においても、多読と
は基本的に「黙読」を意味しています。勿論、中には「音読」で
100万語を達成した猛者も居ますが、サンプルが極めて少ない為、
音読の効果についてははっきりと分かっていないのが実情です。

 しかしながら、トロヤ遺跡発掘で有名なシュリーマンは、18ヶ
国語を修得していたと言われており、彼の自伝である「古代への
情熱」において、「毎晩、一時間音読すること」を、「短時間で
語学を修得する最適な方法」として紹介しています。

 また、漢文の素読に注目し、小学生などを対象に実践を続けて
いる安達忠夫は、「脳と音読」において、脳の活性化や言語を自
然に修得させる方法として、「音読」の効用を主張しています。

 確かに、書物が貴重品だった時代には、読書というのは「音読」
でした。「黙読」の習慣が広まったのは、活版印刷術により書物
の大量生産が可能になった近代以降なのは事実です。

 さらに、所謂、吟遊詩人などの口承文芸伝承者は、音だけで数
百・数千の物語を暗記すると言う驚異的な記憶力を発揮するなど
をの事例が存在します。

 これらのことから考えると、「音読」にそれなりの効用がある
というのは十分ありそうな話です。

 ただ、音声教材どころか、書物すら存在しなかった状況を現状
と比べたり、脳の電気的変化や血流量の増加だけを理由に音読の
有効性を云々するのは早計だと思います。

 耳からの入力が重要なのであれば、音声機器が発達した現在に
おいては、音声教材を大量に聞くだけでも同じ効果は得られるこ
とになります。

 また、脳の活性化がそのまま学習効果につながるというのは余
りにも粗雑な議論です。

 脳が活性化した状態で、音読に対する苦痛を感じれば、通常以
上に音読と苦痛が結びつくことなり、却って音読の学習効果が減
少するという場合も考えられるからです。

 ただ、加速学習の観点から、複数の感覚器官で重層的に学習し
た方が学習効果が高いということは言えますので、「音読」が有
効な学習方法になる可能性は否定できません。

 問題は、「音読」の位置づけと、上手な利用方法を開発するこ
とであり、過去の事例や単純な脳機能の観察結果に一喜一憂する
ことではないと思います。

 個人的な、仮説としては、従来の「音読」がそれほど効果を上
げるように思われなかった理由は、「黙読による多読」とほぼ同
じだと思われます。

 つまり、

1 「音読」の導入・継続方法が悪く、「音読」が効果を発揮す
る「大量の音読」が達成される前に、多くの学習者が挫折した。

2 学習者の適性や好みを考えず、画一的に同じ教材を「音読」
させたため、「音読」と苦痛や退屈感が、音読によって活性化さ
れた脳に深く刻み込まれ、Affective Filterを強化し、学習効果
が減少・消滅した。

というような事態が起こったのではないかと思われます。

 従って、「音読」に関しても、

1 理解や暗記を無視した大量「音読」の実施
2 適性や好みに応じた教材の選択

という「多読」と同じ方法論が有効と予想されます。

 また、日本語の音によって規定された日本人の聴覚範囲を考慮す
るならば、逆説的に、耳から入るよりも、文字から入るほうが有効
な学習者も多いと考えられます。

 つまり、聴覚の鋭敏だったり、音楽的素養の高かったりする学習
者以外は、ウォーミングアップとしての「黙読」による大量入力が
必要な可能性も無視できません。

 それと、耳からの大量入力と言う場合、「聞く」と「聴く」を区
別して考える必要があるでしょう。

 どういうことかと言うと、耳慣らしのために、BGM代わりに「音声
教材」や「対象言語の音声」を、集中せずに耳に入るにまかせる「聞
く」と、聴き取ろうと耳を済ませて意識的に「聴く」とを混同するの
は、学習効率の面から考えて、非常に問題です。

 耳慣らしの「聞く」は、状況が許すならば、BGMとして一日中かけっ
放しでも問題ないと思います。

 しかし、意識的に「聴く」ことを、対象言語になれてない初期段階
に無理矢理させるのは、Affective Filterを発生させる危険性を考
えると、逆効果の可能性が高いと思われます。

 これらのことを総合的に勘案するならば、

1 「黙読」で100万語読む
2 BGM代わりのながら聞きで100万語「聞く」
3 Listening-Readingで100万語「聴く」
4 自分の好きな本で「音読」で100万語読む

という順番で実施するのが適切なのではないかという仮説を立てたいと
思います。

 現在、この仮説に基づき、“Think and Grow Rich”というペーパー
バックの音読をはじめ、現在、半分近くまで来ています。

 このまま100万語まで気長に続けると、はまこさんやシュリーマンの
ような劇的な効果が現れるのか、今から非常に楽しみです(笑)

 以上、要件のみですが、今回はこれで失礼します。


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