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お名前: ako
投稿日: 2005/6/13(00:58)
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sosreadingさん、大変遅くなりました。akoです。
〉朝から、あるボランティアに参加していましたので、遅くなってしまいました。申し訳ありません。
こちらこそ週末になってしまい、大変失礼いたしました。
sosreadingさんも、ボランティア活動をなさっておられると伺い、ますます嬉しく思いました。
私のテニスも、生業ではなく、休日のボランティアだからです。
(ただ「ボランティアでしている」という自覚はありませんでした。
単にテニス好き、小学生好き、教えたがりの性分なので息ぬきの延長のようなものです、いやお恥ずかしい…(^^;;)
ただスポーツ指導に関しては、以前、本業として指導の立場で仕事をした経験があるので、その経験からの発言でした。
英語とスポーツの共通点について考えている仮説は、以下のようなことなんです。
あくまで私見ですが…
●英語嫌いと、スポーツ嫌いが生まれる構造は同じでは?
●根性や精神主義だけでは、スポーツも伸びない。
●自分の体内の変化を大事にするほうが、結局上達する。
●長時間、英語を読み続ける多読と、長時間激しい動きが継続する試合になる個人競技スポーツ(テニス、マラソン等)は似ている?
英語もスポーツも、人の優劣を判断する道具にされている場面があるように思います。
「この学年のうちに逆上がりができないといけません」といった指導では、
できなかった子は、体育もスポーツも嫌いになることと思います。
SSSは、自分が英語を楽しいと感じるところに戻らせてくれますが、
何年又は何ヶ月で、レベルどこまで読めなければならない、といった目標設定はありませんよね。
英語を、読書そのものとして楽しみたい人は自由に楽しみ、
目標を決めたほうが楽しく感じる人には、自由な自己決定に委ねられています。
そういった多様な参加者のいるSSSで、
わたしは、英語学習というものを、もっと広い概念で考えるようになりました。
スポーツ指導も同様で、ブランコで揺れた快感とか、
自転車に初めて乗れた時の瞬間の体感といった、
多くの人が普通に体験してきたような、自分の体内感覚を大事にするような進め方をすると、
人との比較をせずに、自分自身の伸びを素直に楽しめるようになります。
五輪選手の誰か(失念しました)が、「楽しむようになってからの方が上達した」
と言うのを聞いたことがあります。
勝ち負けの結果主義も、努力、根性を問うだけの精神主義も、
どちらの発想も、かならず敗者を出し、人を卑屈にするだけであり、
それはスポーツではない、という発言で、とても感動したものです。
英語もスポーツも、自分の内部の変化に注目していると、
知らないうちに量をこなし、「練習」と呼ばれる行為が、
「ストイックな学習」としてではなく、「楽しみ」となっているんです。
SSS多読論に、「英語自体は易しいままで、長いものを読む」というものがあります。
以前、300万語を読まれたフクさんの体験談を読んで、
多読の過程は、マラソンと同じことが起きていると感じて私が投稿したんですが、
マラソン選手がよく話題にする「ランナーズ・ハイ」という現象について触れています。
私はテニスで体験し、フクさんは英語読書で、類似の体験をされています。
これをわたしは、身体に同じことが起きていると考えているんです。
ちょっとその部分だけご覧いただけばと思い、リンクしました。
[url:http://www.seg.co.jp/cgi-bin/kb7.cgi?b=sss-report&c=e&id=5260]
(フクさんに、リンクする件は事前に許可を得ています)
〉「基礎体力訓練」は、語学では、具体的には、どんなものが、その「基礎体力」に相当すると思われますか?
sosreadingさんが書かれたとおり、同意です!!
「語順への慣れ」と、「辞書依存からの離陸」と思います!
自分が使える英語は、辞書の中にあるのではなく、自分の中にあるんですから!
〉50万語までは、辞書を引かないこと、戻らないことに、強いフラストレーションがありました。むしろ、読むことに、苦痛さえ感じていました。
よく、正直にお話くださいました! 勇気ある発言に励まされます。
まさにそのフラストレーションを感じなくなるまで、易しい英語を、量を多く読むことが、
体質改善になるものと考えています。
そのために、難解な英文をハチマキ巻いて学習するよりも、
意味調べをする必要のない英文まで戻ることが、
まずは第一になっているのだと思います。
〉SSSでは、英語レベルでどんな高い人でも、0レベルから始めることを薦められているのも、幼児に帰って、「基礎体力=体質改善」をするよう指導されているのではと思います。いかがでしょうか。長々と駄文を書き並べましたが、この「仮説」について、ご意見をいただければ幸いです。
「体質改善」というたとえは、正に言い得て妙で、ぴったりですね!!
私自身も、多読を開始してから、英語との関係が相当変化しましたが、
それは体質改善と言えばよかったのですね!
SSSが、有段者にもゼロレベルを推奨することについては、理由があると思っています。
これは、日本の学校英語教育を大学レベルまで受けていても、(中には、大学院まで卒業していても)
英米人なら、5歳児でも知っているような英語を知らない場合が相当数あるのでは?
といった推定に基づいているものと思われます。
英字誌が読めるような英語有段者であっても、留学経験などないまま日本で育った場合は限界があるでしょう。
ゼロレベルや、幼児絵本などを見ることの価値というのは、
英語圏で育った人々が、長い年月を経て得てきた言語文化を、基底の部分から知ることの価値だと思うのです。
現実に、英米の成人が読む英字誌や小説には、英米人なら誰でも知っているおどぎ話や童謡を下敷きにしたものが多く出てくるそうです。
その筆頭が、マザーグースという英語の童謡詩集だとのことです。
つまり、日本人の私たちが、浦島太郎や桃太郎の話を、いちいち学習しなくても知っていて、
そういった昔話が、たとえば、経済紙のような高度な時事用語も出てくる日本語の文献で、事前の説明なく出てくるといったことと同じと思います。
成人の英語学習者の場合、英語とは言え、幼児向けの絵本を読むのは抵抗がある、という方も多い中、
sosreadingさんは、柔軟な心の持ち主ですね!! いやぁ〜 ご立派です!
従いまして、基礎体力=体質改善説には全面的に賛同です。
とりあえずここで第一部のご返答といたしますね。
後半は、下のご投稿にくっつけまーす。
▲返答元
▼返答