[掲示板: 〈過去ログ〉多読と英語学習・試験に関する掲示板 -- 最新メッセージID: 1756 // 時刻: 2024/11/24(20:53)]
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比喩について
日本語では、「彼女は、天使だ。」という隠喩metapherにするか、「彼女は、天使のようだ。」「彼女は、天使のような女性だ。」という直喩simileにするかは、末尾に、「ようだ」を付加するなど、比較的簡明な形態である。
英語では、as, like, ofを挿入したり、語順の移動があったりして、言葉の挿入及び語順の移動等所要の作業は、日本語より、複雑だと思われる。
「話に乗る」「sound dangerous」は、動詞における隠喩metapherの一種である。
この手の隠喩は、日米とも、すこぶる多い。
隠喩と意識しない場合も多い。
この点については、日米彼我における発想の異同の理解が、必要となる。
また、比喩には、ある概念を象徴で表す、換喩metonymyがある。
たとえば、ホワイトハウスが、大統領を意味し、霞ヶ関が、中央官庁を意味する。
言葉自体は、概念の全体だが、意味は、その部分を指し、逆に、言葉自体は、ある概念の部分であるが、意味は、その概念全体を指す、提喩synecdocheもある。
前者は、たとえば、花と言えば、桜の花を指し、後者は、フリーランチといえば、文字どおりのタダ飯の食事だけでなく、タダの行為全体を指す類である。
これらも、日米の彼我における若干の発想の異同がある。
以上は、私の考えであって、他の考えを否定するものではない。
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