[掲示板: 〈過去ログ〉多読による外国語教育 -- 最新メッセージID: 1456 // 時刻: 2024/11/24(04:46)]
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お名前: yamasina
投稿日: 2007/3/24(22:35)
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酒井先生、たむさんこんばんは。
量ってると思いますよ。たむさんは、発話の流暢さや内容、表現などを
ベースに。先生は、本をベースに。
でも、量ることはそんなに忌避するようなことではないと思います。
だれしも、進歩を感じるのは楽しいものです。この掲示板はそういう投稿で
あふれているじゃないですか。YLやKL(製作中?)は、それを量る物差しとしても
機能してます。
先生は、量るというと学校のテストしか思い浮かばないかもしれませんが、
実際に英語を使う場面が来ると、否応なく自分の英語力が(他人にではなくとも)量られてしまう
(言いたいことが言えない、何が言いたいか分からない…。)ということもよくあるでしょう。
また、英語は情報や気持ちの伝達の道具でもあります。その側面を重視すれば、ある程度の
客観性を持った量り方も可能と思います。
でも、先生がずいぶん内向きの発言(「一般人は相手にしない」)をされましたし、
古川さんからの一言もありましたし、この話もこの辺でいったんお開きがよいのかも
しれませんね。
おつきあいありがとうございました。ではではまた。
"酒井@tadoku.org"さんは[url:kb:1190]で書きました:
〉えーとですね、このこどもたちが「おもしろかった」といった様子を
〉観察したのですね。(一人は電話でしたが)
〉そして、Stephen Kingのペーパーバックをおもしろかったというなら、
〉中学1年生としては英語を読むことについて英語国の中学生と
〉おなじだな、これは獲得したなと思ったのですね。
〉(これは量ったことになるのですか?
〉 ぼくはどうも「量る」という言葉はあまりに工学的すぎて、
〉 使いたくないのだけれど、比喩としても・・・
〉 電気通信大学で、工学的な人たち(量ることを中心に世界が
〉 回っている人たちのこと)を相手に、量れないものがあるという
〉 説得で疲れてしまった・・・)
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