ファウスト 第III部第二幕

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8884. ファウスト 第III部第二幕

お名前: 道化師
投稿日: 2003/12/21(01:24)

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ファウストの書斎。万巻の書物が並んでいる。
何やら机に向かい一心不乱に書物を読んでいるファウスト。
そこへ、メフィストが部屋の暗がりから現れる。
メフィストに気付かないファウスト。

メフィスト:旦那、旦那、ファウストの旦那!

ファウスト:なんだ、お前、いつから来ていたんだ?

メフィスト:先程からずっと旦那を眺めていましたさ。

ファウスト:相変わらず人の悪い奴だ。

メフィスト:悪魔が人が良くてどうするんです?

ファウスト:そりゃそうだな。

メフィスト:ところで、旦那、何をそんなに一心不乱に読んでるんです?

ファウスト:お前にそんな事が何の関係ある?

メフィスト:いやね、また性懲りもなく益の無い事をしてるなと思いましてね。

ファウスト:なに?お前は書物を読むことを無駄と言うのか?

メフィスト:無駄とは申しませんが、そんな大層な事でもないでしょう?

ファウスト:何を言う。お前なんぞに何が解る。
      書物を読むと言うことは、この書斎にいながら、
      世界を知り、真理を知ることが出来る事なのだ。

メフィスト:ハハハ。相変わらずですねぇ、ファウストの旦那。
      本当はそうではないと絶望したからこそ、
      あっしなんかとこうして付き合ってるんじゃなかったでしたっけねぇ?

ファウスト:あれは、お前の甘言につい乗ってしまった迄のことだ。

メフィスト:ほら先日旦那にお話した例のSSSって国のみちるという女も、
      旦那と同じような事をあっしに言っておりやした。
      あっしがこの女に、

        〉〉それでも、一度みちるさんに聞いてみたい事があったんです。
        〉〉「何故、本を読むの?」って。

      と聞いたんでサァ。そうしたら、この女、あっしにこう言いましてね、

        〉私の言葉以上に、その通り!と思った文章があるので、引用しますね。
 
        〉『私は時おりこの世に「朝」があり、「夜」があり、「季節」があることが、
        〉何か信じられぬ不思議と思える日がある。そんな日はことさら、私は部屋に
        〉こもり、好きな本をひろげ、風のように、見知らぬ町々、村々を訪ねたいと
        〉思う。想像力の羽ばたき一つで、霧深い古城や、雨の降りしきるロンドンの
        〉夜や、イタリアの古い町に飛び、さまざまな人生を生きてみたいと思うので
        〉ある。そして時々本から眼をあげて、窓の外を吹く風の音を聞きながら、人
        〉間が生きていること、楽しい詩や小説がこの世にあることの幸福を、しみじ
        〉み嬉しく思わないわけには行かない。』(辻邦生さんの文章より)

ファウスト:なかなか良いことを言ってるじゃないか。その通りだ。
      それに辻邦生というこの作家、なかなか美しい文を書く。

メフィスト:そうですかねぇ。あっしにはどうもそうとは思えないんで。
      あっしみたいに学の無い者には、美しいかどうかは解らないんですけれどね、
      旦那がそうだと言うなら、そうなんでしょう。
      でも、言ってる事は賛成できない。

ファウスト:何が賛成出来ないと言うんだ?この文章には賛成も反対も無かろう。

メフィスト:確かに、この作家がこう書くのは勝手でサァ。
      人様には人様のお楽しみがある訳でしょうから。
      でもね、ファウストの旦那。あっしはこう考えるんでサァ。

      「私は時おりこの世に「朝」があり、「夜」があり、「季節」があることが、
       何か信じられぬ不思議と思える日がある。」

      これは、確かにそういう気分の日があるでしょう。あっしも認めます。
      つまりは、感性とか感受性が研ぎ澄まされて、日頃当たり前と思っている事も、
      新たな感動を生むと言うことでやしょう。
      でも、なら何故、この作家はその研ぎ澄まされた感性を持って、
      不思議に思える「朝」の朝焼けを睡蓮の漂う池の畔にでも見に行かないのか?
      「夜」のとばりのひんやりした空気と青ざめた月の光に身を包もうとしないのか?
      「季節」の花を愛で、時の移ろいを感じようとしないのか?
      と思うんでサァ。
      部屋の外に出て、自らの感性に感じた事の中にこそ、真実もあり感動も、
      そして歓びもありはしませんかねぇ。

ファウスト:お前も悪魔のくせに随分とつまらぬ事を言うな。
      「今日は気分が新鮮だ。外に出て色々楽しもう」では、当たり前すぎて、
      この文章を書く意味が無いではないか。

メフィスト:そう、そこなんでさぁ、あっしが気に入らないと思っているのは。
      この作家は、この文章を書く意味を持たせる為に、
      つまりは売れる文を書くために、こんな事を書いているんだと思えるんでサァ。
      当たり前の事を書いてちゃ、誰も見向きもしてくれやしませんからね。
      それで、当たり前はいけねぇって事で、「朝」「夜」「季節」が不思議に思える程、
      感性が研ぎ澄まされて居るときに、敢えて「朝」も「夜」も「季節」も無い、
      旦那のこの書斎のような部屋に籠もって、書物に書いてある「世界」に思いを
      馳せようって書く訳でサァ。
      でも、こいつはいけねぇ。その書物に書いてある「世界」って言うのは、
      その書物を書いた他人の感動な訳でサァ。
      それを自分の感動としようって言う訳ですけれど、
      これは悪く言えば「受け売り」って奴だと思うんですがねぇ。
      良く言っても、書物を書いた作者には、「世界」の真実が在るでしょう。
      でも、その書物を読んだ者には、「作者の感じた世界」が在るだけで、
      作者が感じた感動がどういう種類のものか知ったってだけなんだと思うですがね。

ファウスト:確かにそうだろうが、それだけでも充分じゃないか。

メフィスト:そうでしょうかねぇ。あっしと違って、人間様は時間が限られている。
      その限られた時間の中で、そんな人様の世界、人様の感動がどんなものか
      知ってばかりで果たして良いんでしょうかねぇ?
      確かに道案内もなくうろうろ歩き回ったって何も見つかりゃしないでしょうから、
      でも、書物を読むのもそこそこにして、せっかく読んだ書物だ、無駄にはしないで、
      そこに書いてある世界、そこにかいてある感動を道案内にして、
      自分の世界、自分の感動を探しに部屋の外に出ちゃどうかと思うんですがね。

ファウスト:するとお前は、この辻邦生という作家が自分の世界、自分の感動を知らないと
      言うわけだな?

メフィスト:いやいや。そんなことは言っちゃいません。
      この作家だって、あっしの言ってる事が位、百も承知でサァ。
      その証拠に、若いときから結構、自分の国を出て、あっちこっちと歩き回っていやす。
      その経験、自分の世界、自分の感動が在るから、この作家の場合は、
      今更部屋の外に出ずとも、人様の世界や感動を読んで、
      自分の世界、感動を想起出来るって事でサァ。
      今、話にしてる文章にしたって、
      「そんな日はことさら、私は部屋にこもり、好きな本をひろげ、風のように、
       見知らぬ町々、村々を訪ねたいと思う。
       想像力の羽ばたき一つで、霧深い古城や、雨の降りしきるロンドンの夜や、
       イタリアの古い町に飛び、さまざまな人生を生きてみたいと思うのである。」
      って具合で、「思う」のであって、「している」んじゃないんでさぁ。
      願望であって、行為じゃないって事ですがね。
      実際は自ら外に出て自分の世界や感動をせっせと集めて、
      文を売る時にはやってもいない「願望」を書くって言うのはどんなもんかと。

ファウスト:自分がやって無かろうがどうだろうが、願望を書いて何処が悪いと言うのだ。

メフィスト:いや、悪くは在りません。
      読んでるこっちが「確かにそういう願望もあるな」程度に読んでりゃ。
      つまり美文にごまかされず、中身の無い事に気付いてりゃ、問題ないんです。
      でも、あっしの見るところ、世間にゃ、美文じゃあるけれど、
      中身の無い文章ってのがごまんと在りましてね。
      そういう文章がせっせと、どこかの国の入試問題なんかには出されるんでやす。

ファウスト:なんだ、何か、くどくどと言っていると思ったら、
      その入試問題とやら対する恨みつらみを言っていたのか?

メフィスト:(あっ、ばれたか。)
      そんな悪魔に入試問題なんか関係の無いこって。
      それじゃ、これでお暇しますんで。

現れた時同様、部屋の暗がりに何処へともなくメフィストは消える。

ファウスト:メフィストめ。また自分に都合が悪くなると消えおって。
      とんだ時間の無駄をした。さっき読んだのはどこ迄だったかな。
      読書の続きをするとしよう。

再び一心不乱に机に向かいはじめるファウスト。幕。


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