文法かどうかよくわかりませんが…

[掲示板: 〈過去ログ〉英語のことなんでも -- 最新メッセージID: 2495 // 時刻: 2024/11/24(04:37)]

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1222. 文法かどうかよくわかりませんが…

お名前: かのん http://kanon021230.cocolog-nifty.com/
投稿日: 2006/12/30(12:05)

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うさかめさん、Ryotasan、Julie さん、酒井先生、夜行猫さん、こんにちは。
かのんといいます。

教師ではないし、文法は苦手で常に逃げ回っているので
うさかめさんへのアドバイスはとてもできませんが
Julie さんの They のお話を読んで、ああ、そうだよねー、と思ったことがあるので、
その部分に反応します。
 
 
たとえば、日本語だとこういう会話ができるんですよね。

A「昨日、買い物に行ったの」
B「へえ、どこへ行ったの?」
A「もうすぐバーゲンだから、その下見に百貨店へ行ったの」
B「何かお目当てのものは見つかった?」
A「ううん、さんざん歩いたけど気に入ったものが見つからなかったから、
 お茶をして帰ってきたんですって」

さて、昨日買い物に行ったのはいったい誰だったのでしょう?

最後の1文がなかったら、きっとAさんが買い物に行ったんだろうと
推測しますよね。
でも、最後の1文を読むと、どうやらAさんではないらしい。
 
 
日本人同士の会話だったら「買い物に行ったのは誰だったの?」とは
尋ねずに流してしまうかもしれません。
「お茶をして帰ってきた」という帰結の部分がわかったので、
ま、いいか、と、それ以上はつっこんで問わない。

でも英語が母語の人だったら「買い物に行ったのは誰だったの?」って
当然のように尋ねるかもしれません。
だって英語では「誰が」を明確にしないと、文章が成立しないから。

※こんなふうに主体がない日本語を「透明人間の文章」と呼んでいる、
と『外国語を身につけるための日本語レッスン』(ISBN=4560049882)という本の
中に書いてありました。
 
 
同様に、名詞の複数・単数の区別についても、
日本語ではあまり意識する必要はないけれど
英語では常に無意識に意識されていることなのだと思います。
 
一方、日本語では、相手と自分の上下関係(または距離感かな?)を決めることが、
常に無意識に意識されています。

たとえば、朝会った誰かに、
「おはよう」というか「おはようございます」というかは、
たぶん無意識に、相手との上下関係や親密度で決めている。

仮に自分が朝の喫茶店でウェイトレスをやっていて、見知らぬお客さまに
声をかけるのなら、
英語ならたぶん「Good morning」(ことばとしては対等)、
日本語なら「おはようございます」(明確にウェイトレスが下でお客さまが上)。

仮に、ウェイトレスが見知らぬお客さまに「おはよう」って挨拶をしたら
キモチワルイのがネイティブな日本人の感覚だと思うんです。
なぜキモチワルイのかというと、相手との上下の区別(または距離感)が
的確になされていないから。
 
日本語では「誰が」を明確にしなくても文章が成立するから
その点は無頓着になりやすいけれど、
英語では、Julie さんがいうように、
「誰が」を明確にしないとキモチワルイと感じる言語なのでしょうね。
 
 
こういう発想の違いから来る感覚のズレを
「文法」として捉えるのが適切なのかどうかわたしにはわからないし、
うさかめさんの「(中学高校の)英語の授業内での文法指導のTaskを考える」という
課題に対する答えになっているとは、自分でも思えないのだけれど、
何かのとっかかりになれば幸いです。ハズレてると思ったら流してください。
 
 
コミュニケーションを中心とした授業を展開しつつ、
その中で文法指導もしていく、という課題に、
いろいろな発想の種が集まるといいですね。

それでは。


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